![]()

建設が始まっても、困難の連続だった。納入する機械選定と交渉の難航。機材や機械のデリバリー遅れ。零下20度を超える寒さの中での作業。プラスタンというホテルもない地で、滞在する技術者の宿泊施設や食事を確保する難しさ。「何としてでも成功させてやるという一心で、とにかく無我夢中に問題解決に取り組んだ。」2007年より現地に駐在する長井亮介は言う。
そして2009年3月、ついに2つの新工場が完工。翌4月から、稼動を開始した。
前向きに取り組み続けられた理由を長井はこう話す。「何より、シェルバコフ氏の冷静な対応力、チェルネイレスやチームのサポート、日本の技術者の頑張りが大きかった。」また、こうも続ける。「今でもとにかく現場に出てコミュニケーションをとり、日々操業の改善に向け試行錯誤しています。」さまざまな課題を前に、メンバーの目はもう次を向いているのだ。

「『チェルネイレスのためになると思って判断していけば、自分たちの事業が間違うことはないんだ。』富島の言葉を常に意識している」と入社時からプロジェクトに関わってきた吉田瑞木は話す。相手のためにやれることは何でも見つけ出しやり遂げようと心がけているという。
「シェルバコフ社長は、一度会えばファンになるくらい本当に魅力的な方。大切なパートナーでありながらも、時には直属の上司のような感覚でお付き合いさせていただいた」と吉田は話す。
この揺るぎないパートナーシップこそが、このプロジェクトをいい方向に牽引していることは間違いない。

「この事業を100年は残したい」と語るのは山北。木材というのは発芽から伐るまでがだいたい100年。自分がいる間だけでなく、ずっと続くプロジェクトに育って欲しいと言う。そのためには、稼動を開始した工場の効率化などの課題に対処するだけではない。「時代に応じてプロジェクトを変化し続けるために、あらゆる方面での信頼関係を維持し続けることが大切」と山北は言う。この後何が起こるかなど予測することはできないが、どんなトラブルでも乗り越えられる堅い土壌がしっかり確立している。
田中はつい先日、印象深い出来事に出会った。プラスタン出張時に新しいスタッフを紹介された。「初めまして」と挨拶したところ、彼は「私は田中さんと以前お会いしたことがあります」と言う。なんと、10年ほど前、交流の一環としてチェルネイレス関係者の子息を日本に招待した際に、田中が世話をした人物だったのだ。この業務に長年携わってきたよかったと思えた瞬間だったという。
事業、経営、環境など、あらゆる面で世界の木材加工ビジネスをリードする存在へ。パートナーシップもチェルネイレスの森も、日々確実に育っている。プロジェクトの発展は、100年でも、200年でも、決して夢ではないのだ。

ロシア極東地域の自然林には、ネコ科最大の動物であるアムールトラが生息。野生の生息数わずか400〜500頭と、一時絶滅の危機にありました。しかし、チェルネイレス社の林区においては、環境への配慮の徹底により、その生息数の増加が報告されています。このことにより世界銀行の記念フォーラムにも招待されるなど、その環境への取り組みが世界で高く評価されています。