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加藤がジノと初めて本格的にピープルムーバー案件に取り組んだのは、サンフランシスコ国際空港のピープルムーバー導入案件だった。住友商事は米国住友商事を通じ、米国で40年以上、鉄道車両関連ビジネスを展開してきており、米国流の仕事の進め方や入札ノウハウはもちろん、米国企業とのネットワークも構築していた。こうしたノウハウとパートナーシップが実を結び、見事落札。「ピープルムーバーの本場で落札できたとわかった瞬間、思わず号泣してしまいました」(加藤)。
ところが。当時の米国は、90年代初頭の日米貿易摩擦に代表されるようにバブル景気に踊る日本企業への反発の名残も残っていたとき。そうした市民感情を味方に付けた競合企業が数々のネガティブキャンペーンを展開した結果、再入札が決定。最終的に、初受注をさらわれてしまったのである。

この一件を教訓とし、加藤たちのチームは次の案件獲得に向けた取り組みを直ちに開始した。たとえばジュエル・ヤマダは、「地域コミュニティ―や地元議員向けのPR活動を展開し、地域との強力な連携体制の構築を進めました」。こうして地域の事情に詳しい地元電設会社や、弁護士、コンサルタントなどを新たなパートナーに、チームを編成。さらに入札当日の明け方までコスト低減策を詰めて、入札額を見直し。「何が何でも今回は!」(加藤)という強い信念で挑み、獲得できたのが、マイアミ案件だったのだ。

99年11月の落札後、チームは予定されていた04年6月の完成に向け、着々と体制を整えていった。ところが北ターミナル建設の遅れにより、7年も着工を待たされてしまったのだ。「この間もチームは空港当局と協力し、時間とコストを無駄なく有効に使うことに腐心しました」と、ジノや加藤と共にチームをリードした一色 尚は、当時の状況を語る。
にもかかわらず、あるとき、工期遅れを問題視したテレビ局から、「遅れは税金の浪費であり、その一因は住友商事にある」といういわれのない内容の取材を受けることになったのだ。
批判的な番組趣旨に対し、チームは真摯な姿勢で、ていねいに取材に応じた。その結果、番組は予定通り放送されたものの、住友商事を非難する内容は一切なかったのである。「『Harmonious Relationship』を合言葉に、日米の調和がとれたチームワークと住友商事の特長である総合力を結集し、我々が完成に向けて誠実に取り組んでいることを、正しく理解してもらえたのだと思います」(加藤)