海外工業団地ビジネス篇

ベトナム北部の工業団地開発に名乗りを上げる

ベトナムの首都ハノイの中心部から北方へ約16km。市街地から車を30分ほど走らせると、工場群が立ち並ぶ広大なエリアが目の前に開けてくる。総面積274ha、東京ディズニーランドの5.5倍の敷地を持つタンロン工業団地だ。団地の入り口に設けられた巨大なゲートからは、敷地内をまっすぐに貫く道路をたくさんの人々が行き来しているのが見える。

およそ20年前、この一帯は見渡す限りの農地だった。タンロン工業団地の社長、大塚雅康は話す。
「団地の開発が始まる以前、ハノイ郊外のこの地域には農業以外の産業はほとんどありませんでした。海外からの投資を呼び込んでベトナム北部の開発を進めたい。そう考えていたベトナム政府の要望を受けて、住友商事が工業団地の造成に名乗りを上げたわけです」

タンロン工業団地の巨大なゲート。ここが広大な敷地への入り口となる。

タンロン工業団地の敷地面積は東京ディズニーランドの5.5倍に上る。かつては見渡す限りの農地だったという。

それ以前にインドネシアとフィリピンで工業団地の開発・運営を経験していた住友商事は、1995年から現地調査を開始し、97年に工業団地を運営する会社を現地に立ち上げた。ベトナム語で「昇り竜」を意味するタンロンという名を付けたのは、この新しい会社とベトナムという国、そしてこの団地で活動することになる日本企業が、まさしく天を目指して飛翔する竜のような勢いで発展することを祈念したからだ。

しかし、開発は楽なものではなかった。農家にとって土地はかけがえのない財産である。その大切な財産を譲り受ける交渉から工業団地開発はスタートした。対象となる地域の地権者はおよそ800世帯。その一軒一軒と対話を重ね、地道な交渉を続けていった。

一方、日本側で入居企業を募る活動も当初は思うようには進まなかった。企業の進出先としてベトナムという国が候補に挙がることがほとんどなかった時代である。日本企業の活動の前例が少ない国に工場を設けるのには大きなリスクがある──。多くの企業がそう考えるのは当然のことだった。

海外工業団地部 第一チーム長 清水禎彦

91年入社。これまで2回のベトナム駐在の経験がある清水禎彦。現在は東京本社にデスクを置くが、いつかまた海外の現場の第一線で働きたいと熱く語る。「ベトナムに駐在していた頃に始めたゴルフの腕を磨くことが現在の個人的な目標」と笑う。

入居企業のリスクや不安を払拭するために

企業が抱えるそのリスクや不安を払拭したのが、住友商事独自の総合力だった。
「ハードとソフトの両方のインフラで、団地に入居する企業の活動を徹底的に支える。それが私たちの方針でした」
そう話すのは、かつてはベトナムに駐在し、現在は東京本社からタンロン工業団地の活動をサポートする海外工業団地部の清水禎彦である。

「タンロン工業団地は、ベトナム政府の協力があったこともあって、変電所、浄水場、下水処理場など、生産活動に必要とされるインフラをほぼ万全に整備することができました。しかし、そのようなハード面のインフラと敷地を提供するだけで企業の活動が保障されるわけではありません。現地に法人を立ち上げるに当たっての許認可手続き、人材採用、労務管理、法制度に関する情報提供など、ソフト面でのサポートがあって初めて入居企業は生産活動に集中できる。そう私たちは考えました」

世界中の様々な国に現地法人を作り、オフィスを開設してきた総合商社ならではの知見が、そのようなソフト面のサポートに生かされたことは言うまでもない。東南アジアの他国で工業団地を運営してきた経験も大いに役に立ったと清水は言う。

入居企業に対する住友商事のサポートは、事務手続きの支援や情報提供にとどまらず、物流や資材調達など、生産活動に必須の機能を提供するところにまで及んだ。現地で物流を担う合弁会社、ドラゴンロジスティックスを立ち上げたのはタンロン工業団地の開発が進んでいた96年、鉄鋼素材を扱うハノイスチールセンターを設立したのは2003年のことである。生産に必要な場所とインフラを用意し、現地で企業活動を始めるための様々な手続きをサポートし、生産に必要な物資を提供し、物流機能を整備する──。敷地を分譲して完結する工業団地のビジネスモデルもある中で、グループ内で「操業支援」と呼ぶ企業への総合的かつ継続的なサポート体制を整え、入居企業が安心して生産活動にまい進できる基盤を作ることで、タンロンは東南アジアを代表するような工業団地となった。

「ご契約いただいた時がお付き合いの始まり」。それが住友商事の海外工業団地ビジネスのスローガンである。では、「お付き合いの終わり」はいつか。「入居企業が工業団地での活動を終えた時」だ。

「これまでタンロンに入居した企業が撤退した例はほとんどありません。むしろ、現地での事業を拡大している企業のほうが多いのです。それだけ、タンロン工業団地のインフラやサポートを評価いただいているということなのだと思います」

清水は誇らしげにそう語る。事実上、「お付き合いに終わりはない」ということだ。

企業が求めるすべての物流サービスを備える

「物流面からの企業支援には、三つの段階があります。一つ目が誘致段階における物流関係の情報提供とコンサルティング、二つ目が入居決定後の工場への設備輸送、三つ目が生産開始後の資材や製品の輸送です」

そう説明するのは、現在住友商事本社でドラゴンロジスティクスの業務支援を行っている瀬戸敬一郎である。入居の初期段階から物流のプロとして企業にアドバイスをし、生産活動に必要な工場設備を現地に輸送し、ひとたび生産が始まれば、必要な物資を工場に運び、そこで作られた製品を国内外に輸送する。入居企業が必要とするほぼすべての物流サービスを備えているのがドラゴンロジスティクスである。

タンロン工業団地の運営側と入居企業が情報交換を行う月一回の会合「一木会」の様子。法制度や物流など、事業運営に欠かせない様々な情報を企業に提供している。

「もう一つ、重要な機能として保税倉庫の提供が挙げられます。部品や資材を海外からベトナム国内に運び込む際には関税がかかります。しかし、それらはすぐに使われるわけではなく、生産ラインに入るまで2カ月以上かかることもあります。輸入関税は輸入通関時に払わなければならず、生産の2カ月も前に払うことになりますが、生産の直前まで保税倉庫に部品を保管しておけば、税制上、部品はまだ海外にあるとみなされ、関税は保税倉庫出庫時に支払うことになるため、キャッシュフローの改善につながるわけです」

ドラゴンロジスティクスは、ベトナム北部で保税倉庫のライセンスを獲得した初めての民間企業だった。入居企業とタンロン工業団地の運営側が情報交換を行う月一回の会合「一木会」にもドラゴンロジスティクスのスタッフが参加し、物流に関する最新情報の提供を続けている。

物流事業部 瀬戸敬一郎

「物流の仕事をしたい」と96年に住友商事に入社した瀬戸敬一郎。社内の海外語学研修制度を利用して中国で3年間を過ごしたのち、念願の物流部門に配属となった。「一人ひとりがプロフェッショナルであることが大切だと思っています。その専門性がつながって一つになった時に大きな力が生まれる。そう信じています」

海外薄板事業部 小口絢子

09年の入社後、一貫して金属関係の仕事に携わってきた小口絢子。「進むべき方向を自ら決め、仕事が楽しいと部下に思ってもらえるようなリーダーになりたい」と現在の目標を語る。「グループ全体に柔らかな雰囲気があるのが、住友商事の一番の魅力だと思います」

必要とされる時に必要な量を迅速に届ける

一方、タンロン工業団地内にコイルセンターと呼ばれる鉄板加工施設を構え、団地内の工場に迅速に資材を納入する体制を整えているのが、同じく住友商事の事業会社、ハノイスチールセンターである。
「お客さまの近くにいて、お客さまが鉄板を必要とされる時に必要な量をすぐにお届けする。それがハノイスチールの役割です」

昨年まで2年間現地に駐在していた小口絢子はそう話す。資材の加工販売だけでなく、鉄鋼に関する情報提供を行い、鉄以外の素材や部品などに関する問い合わせが入居企業からあった場合は、住友商事グループが持つネットワークの中から適切な部署や会社を紹介している。
「私たちにできることは私たちがやり、できないことは対応可能な取引先やその他の企業をご紹介させていただく。そのようにしてお客さまの活動をトータルに支援しています」と小口は言う。

現在、タンロン工業団地に入居している企業は98社。稼働している工場は79にのぼる。敷地はすべて完売しているが、中小企業を対象としたレンタル工場の貸し出しは現在も続いている。団地内で生産活動を続ける全ての企業が安心して全力でものづくりに取り組めるために、やれることを全てやる。それが、タンロン工業団地に関わる住友商事グループのスタッフに共通する思いである。

タンロン工業団地内にあるハノイスチールセンターの鉄板加工施設。顧客にジャストインタイムで資材を届けるのが同社の役割だ。

地域の人々の幸せが実現する場所

朝8時。毎日この時間になると、タンロン工業団地のゲートをたくさんの人たちがくぐっていく。現在、団地で働く人は昼夜合わせて約6万人。その大多数はベトナムの人々だ。ある人は自転車で、ある人はオートバイで、ある人は徒歩で。誰もが目を輝かせながら、思い思いにそれぞれの職場を目指していく。その様子を毎日目にするのが大きな喜びであると大塚は言う。

「たくさんの人たちがここで働いて、給料を稼いで、結婚して家族をつくり、家を建てたり、食事をしたり、子どもにおもちゃを買ってあげたりしている。自分たちの夢を一つ一つ実現していっている。そう考えると、いいなあ、うれしいなあ、この仕事に携われてよかったなあ、と心から思います」
そういって大塚は微かに目を潤ませる。入居した日本企業はもとより、ここで働く一人ひとりが幸せになっていくこと。それが自分にとっても何よりの幸せなのだ、と。

現在ベトナムでは、06年に設立された第二タンロン工業団地が敷地販売を継続しているほか、18年には第三の工業団地が入居募集を開始する予定だ。今後も数多くの日本企業がベトナムを目指し、生産活動にまい進し、多くの雇用を創出することになるだろう。そこでもまた住友商事の総合力が発揮され、数々の新しい幸せが生まれていくに違いない。

(敬称略/2015年11月掲載)

タンロン工業団地 社長 大塚雅康

大塚雅康は83年の入社。産業機械の分野に配属され、バングラディシュ、パプアニューギニア、カンボジア、インドの駐在を経験した。タンロン工業団地の社長に就任したのは13年9月のことだ。第二タンロン工業団地の社長も兼務する。「この工業団地に入ってよかった。そんな言葉をご入居企業から直接聞けることがこの仕事の醍醐味です」。妻と二人、ベトナムで充実した日々を送っている。

私たちが考える「住商スクラム」

様々な領域で発揮されている住友商事の総合力。それが「住商スクラム」だ。

海外工業団地部 第一チーム長 清水禎彦

「住友商事の総合力を支えているのはコミュニケーションの力です。困り事があれば他部署に相談を持ち掛ける。それに対して嫌な顔一つせずに相談に乗ってくれる。そんな社員同士のコミュニケーションの積み重ねが、確かな総合力につながっているのだと思います」
──海外工業団地部 第一チーム長 清水禎彦

「住友商事グループには、よい情報も悪い情報も含め、あらゆる情報をスピーディーに共有しようという文化があります。“即一報”と我々が呼ぶその文化が、グループ全体の団結力を生み出しています」
──タンロン工業団地 社長 大塚雅康

タンロン工業団地 社長 大塚雅康
物流事業部 瀬戸敬一郎

「ビジネスの機能がたくさんあるだけでは総合力とはなりません。様々な機能を束ね上げて“力”にしていくこと。そこに住友商事グループの強みがあると感じています」
──物流事業部 瀬戸敬一郎

「部署をまたいだ人材のローテーションが、社員一人ひとりの成長につながっていることを実感しています。その成長こそが、会社の総合力を支えているのだと思います」
──海外薄板事業部 小口絢子

海外薄板事業部 小口絢子
小宮悦子の視点

小宮悦子の視点

異国の地で働いたり、生活したりすることは、誰だって不安なもの。企業も同じだと思います。文化や風土や法制度の違う国で生産活動を行うには、活動の場だけではなく、日常的に活動をサポートしてくれる存在が必要です。「場」と「サポート」、その両方を提供しているのが住友商事グループの海外工業団地ビジネスの特長であることがよく分かりました。また、入居する企業に安心感を持ってもらうことが、このビジネスに携わる一人ひとりの社員の思いであるということも。総合力とはまた、「気配りの力」でもあるのだと強く感じました。

世界を変えるスクラム


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ひとが、未来をつないでく。住友商事