VOL.01 Agricultural Chemicals 日本の農薬を世界に届ける意味とは

総合商社の歴史は、ビジネス領域の拡大の歴史である。日本の製品を海外に輸出し、海外から資源や食料品などを輸入する。その基本的な貿易モデルは戦後数十年の間に、多種多様な形に変容し、発展してきた。住友商事において、その発展の道のりを最も確かな足取りで歩んできた事業分野の一つが、農薬ビジネスである。

「幸福な時代」の終わりが新たな挑戦の舞台を用意した

入社以来、25年にわたって農薬ビジネスに携わり続けてきた為田耕太郎。これまで、ロシアとフランスの2カ国でのビジネスを経験してきた。その海外での経験が現在の自分の宝物であると話す。「住友商事はチャンスを与えてくれる会社。そのチャンスから得てきたものをこれからのキャリアの中で生かしていきたいと考えています」

「幸福な時代」の終わりが新たな挑戦の舞台を用意した

日本独自の企業体といわれる総合商社は、英語では「Integrated Trading Company」と表記される。欧米ではトレーディング(貿易)こそが、日本の商社の中心的なビジネスであると捉えられてきたということだ。確かに戦後のある時期まで、トレーディングは総合商社のビジネスの中心を成してきた。

戦後の日本の奇跡的な高度成長をけん引してきた企業群の一つが総合商社であることに疑いはない。総合総社は、人材力、グローバルなネットワーク力、資金力などを武器として、欧米先進諸国の企業と渡り合ってきた。為替の安さもまた、グローバルな活動の大きな武器だった。総合商社は円の競争力を駆使して、安価で良質な日本製品を世界中に届けるトレーディングビジネスで大きな成功を収めてきた。

その構造が変わったのは、1985年のいわゆる「プラザ合意」以降である。円高ドル安を目指すというコンセンサスが先進国間で形成されたこの「合意」以後、円はそれまでの1ドル200円台前半から100円台前半まで高騰し、「安くて強い通貨」とはいえなくなった。

貿易の環境が大きく変わったその時期に住友商事に入社したのが、アグリサイエンス部の為田耕太郎である。アグリサイエンス部は、住友商事で農薬ビジネスを一手に担う部門。為田は現在その部長を務める。

「当社が日本の農薬の輸出を始めたのは、半世紀ほど前のことです。そのシンプルな輸出モデルは、80年代後半まで続きました。私が入社した89年は、円高が進んだことで、新しい農薬ビジネスの在り方を模索しなければならなくなった時期に当たります。いわば幸福な時代の終焉(しゅうえん)とともに、私は住友商事の社員となったわけです」

そう為田は振り返る。その時期、単純な貿易のみに依拠しないモデルをつくることは、すべての総合商社に共通する課題だった。商社の多くは、ビジネスの領域を拡張することでその課題を解決しようとした。農薬ビジネスにおいて、拡張には二つの方向があり得た。「川上」と「川下」である。

農薬はメーカー、トレーダー、各国の卸売り、問屋を経て農家に届けられる。そのフローにおいて商社が果たしてきたトレーダーの役割を「川上」のメーカー部門に広げて商品開発に参画するか、逆に「川下」へと広げて輸出と卸売りの二つの役割を担うか。住友商事が選択したのは後者だった。

未開拓市場を切り開いていくフロンティア精神

欧州3カ国での駐在を経て、現在は本社で投資・開発チームのリーダーを務める田中卓。「長期的な視野に立って海外のパートナーと信頼関係を築いていくのが住友商事のやり方」と話す。2人の子どもと過ごす時間が一番の楽しみだ。

未開拓市場を切り開いていくフロンティア精神

農薬ビジネスのモデルを拡張するという点において、それぞれの総合商社の戦略に大きな差があったわけではない。しかし、その新しいモデルを展開する舞台として東欧を選んだところに、住友商事の独自性があった。

住友商事は92年、農薬の輸入・販売を手がける会社をまずハンガリーで起ち上げ、その後、94年にはポーランド、97年にはルーマニアに会社を設立している。なぜ、ビジネスのインフラが整っている北米や西欧ではなく、また地理的に近いアジアでもなく、東欧だったのか──。その選択に、住友商事ならではのフロンティア精神が現れている。為田は説明する。

「当社はそれ以前から、東欧や旧ソ連といった共産圏との貿易を行っていました。新しい農薬ビジネスのモデルを模索しなければならなくなった時期は、ちょうど東欧の民主革命が起こった時代に重なっています。自由化された東欧諸国に、それまでになかった新しい農薬市場をつくっていく。それが私たちのチャレンジでした」

自由競争が事実上存在しない未開拓な市場を先頭に立って切り開いていくことを目指したその挑戦は、見事に成功した。農薬の輸入・販売は新しい事業モデルとして定着し、その後世界中に広がっていくことになる。現在、住友商事が農薬の輸入・販売を展開する国は、およそ30カ国。欧州、ロシア、北米、南米、東アジア、オセアニア、アフリカと、世界中の地域に及んでいる。

愚直な「誠実さ」がビジネスを成功に導く

「商社の社員は一人ひとりが商人(あきんど)。商売が成立したときにこそ、商人としての最大の達成感がある」と話す金田理至。繊維、ペット用品の部門を経て、09年にアグリサイエンス部の所属となった。「生まれてこの方、一度も虫歯になったことがないのが一番の自慢」と笑う。

愚直な「誠実さ」がビジネスを成功に導く

農薬ビジネスの次の新しいモデルが誕生したのも、やはり東欧においてだった。住友商事は11年、ルーマニアで農業資材を販売するアルチェド社を買収し、農薬をはじめ、種子、農機具など幅広い商品を農家に直接販売する新たな事業モデルをスタートさせた。卸から問屋へと「川下」へ向けてさらに一段階ビジネスを拡張したこの新しいモデルは、「農業生産マルチサポート」と呼ばれる。このモデルが成立したことで、住友商事は異なる国のメーカーとエンドユーザーをつなぐ役割を一社で担う体制を備えることになった。

ルーマニアのアルチェド社の買収には、足かけ2年半の月日を要した。買収交渉に限らず、異国でビジネスを成功させるのは簡単なことではない。これまで、フランス、ドイツ、ハンガリーの3カ国で農薬ビジネスを経験してきた田中卓は語る。

「ビジネスを成功させるには、取引先の信頼を獲得しなければなりません。それは地道で泥臭く、時間のかかる作業です。その作業のベースとなるのは、誠実さである。そう私は考えています」

自分たちの国でひともうけするために日本からやって来た企業──。そう受け取られてしまうのは本意ではないと田中は話す。住友商事が求めているのは、時間をかけてともにビジネスを育てていくパートナーである。その理解を相手に促すために必要とされるマインドが「誠実さ」なのだと。

同じく、南アフリカで3年半にわたって農薬ビジネスに携わった金田理至もまた、海外での苦労を身をもって体験した一人だ。

「言葉、文化、慣習のすべてが異なるだけでなく、住友商事という社名もほとんど知られていない国でビジネスを行うには、私たちが提供する価値を一から説明していかなければなりません。それは本当に根気のいる仕事です」

現在、日本本社に勤務する為田、田中、金田の3人は、過去にそのような苦労を体験してきたにもかかわらず、「機会があれば、明日にでも海外に行きたい」と口をそろえる。自分のビジネススキルが本当に試されるのは、グローバルな環境に身を置いたときであると信じるからだ。

「世界で戦える人材がそろっているのが総合商社の最大の強みです」そう為田は胸を張る。

バリューチェーンを拡大し日本の食生活を豊かにしたい

バリューチェーンを拡大し日本の食生活を豊かにしたい

現在の世界人口は70億人超。50年までに、さらに20億人が増えると見られている。有限な地球上の耕作地からその人口が生活するに足る食料を得るには、いま以上に農作物の生産性を上げていかなければならない。そこに質が高く安全な農薬が求められる大きな理由があり、住友商事が世界中に農薬を届ける意味がある。

しかし、住友商事の農薬ビジネスは、世界の食糧問題の解決に貢献しているだけではない。今後さらにビジネスが拡大していけば、日本の消費者に直接ベネフィットを提供できる可能性もある。

「これまで私たちは、農家をエンドユーザーと捉えていました。しかし、農業のバリューチェーンには、さらにその先があります。農作物を享受する一般消費者です。私たちが農薬を提供した農家が作った作物を、私たちが引き取って、日本を含む世界中の消費者に届ける。そんなモデルをつくることが、現在の私たちの夢です」(為田)

日本の農薬を用いて海外で作られた農作物が、日本の消費者に届けられ、日本の食生活を豊かにする。世界を股にかけたそのようなバリューチェーンをつくることができるのは、まさしく総合商社だけだろう。大きな夢と変わらぬフロンティア精神を胸に、アグリサイエンス部の社員たちは、今日も世界中で働き続けている。

(敬称略)

第1回 Fact 農薬
第3回 Fact 医療
第4回 Fact 太陽光/風力発電
第5回 Fact 商業施設
第6回 Fact 自動車
第7回 Fact 地熱発電
第8回 Fact 航空機リース